『GJ部』の魅力

| コメント(0)

GJ部』の魅力...ひとことでいうと「静かさ」だと思います.ストーリーもそうだけど,たくさんの音や動画を詰め込むのをやめて,大胆に「無音」「静止画」「ゆったりとしたセリフ」をつかって成功してる点が重要な特徴だと思っています.

『GJ部』の静かさはどこから?

『GJ部』を見てて すぐにわかる技法的な特徴に,次のようなものがあると思います.

  • 静止画の多用
    CM前後のアイキャッチなんかも「背景なし白地バックのキャラ1枚絵」みたいな簡素さ.単に「動かない」だけじゃなくて,ごちゃごちゃ描きこまず,胸から上のキャラ1枚で勝負する.静止画でも躍動感のあるものは描けるわけですけど,あえてそういうことはしない.行儀よく撮影されたポートレイト的な まったく動きのない静止画です.
    本編 動画部分でもグリグリ動かさないで,あまり動きのない絵にセリフをのせる紙芝居みたいな表現方法です.
  • やたらゆっくりしゃべるキャラ
    めぐみちゃんみたいな「ゆっくりキャラ」だけじゃなくて,キョロくんの「えー.........(・_・;)」(「...」の数が多い)みたいなもの含めて.「間」を多用している.
  • BGMや効果音もあえて省略.使う場合もごくシンプル.
    『GJ部』て,単純に音の面でも,ずいぶん静かな感じがすると思います. 通常の作品だと音が少なくなるシーンなんかでは寂しくならないようにBGMを流すものだと思うのですけど,『GJ部』では通常なら何かしらの音を充填したくなるような空白部分を放置してたりします.絵でいうと子どもが描いた絵みたいに画用紙の白い部分が残ってる感じです.

これらの特徴は,アニメーターにとっては自己否定なのだと思うのですけど,あえてそれをやったのが『GJ部』の独特の魅力につながってると思います.日本の伝統芸能とかで「間の美学」みたいなことがいわれるけど,そんな感じかな.

そもそも「日常系」作品は,ムリヤリ壮大なドラマやストーリーをつくらない点を特徴としているわけですけど,『GJ部』は技法面でも,それを推し進めて過剰に多くの表現を詰め込んでしまうことを避けているのだと思います.

京アニ時代のアンチテーゼとしての『GJ部』

アニメ業界は,ここ数年間は「京アニの時代」だったと思うのですけど,この時代は要するに「高度化された技術をふんだんに投入する」のが特徴だったと思います.そういう流れから「25分間にどれだけのことをできるか」と考えたときに,自然と「詰め込み」になってしまう傾向があったと思うんです.製作予算がそれを抑えこもうとしても,「では費用をかけずにたくさん詰め込むには?」と考えてたフシがあります.

例えば5秒間ていう時間が与えられたときに,妥協なく150フレームを描ききるっていうのが京アニの時代の考え方だったんじゃないかな.『GJ部』は,あえてシンプルな静止画と無音を流してみる勇気にもどってきた作品じゃないかなって思うんです.そうすることでしか表現できない空気感があるから.

例えば,第6話(たいへんデキがよいと評判の回 ※個人的意見が含まれます)のワンシーン...

真央「うらやましいか? お前はお子様ランチ食べられないからな...,でも,ご褒美があったからいいだろ」
キョロ「ごちそうさまでした」(お昼ゴハンおごってもらったことだと思ってる)
真央「それだけじゃねーだろ」(つないだ手のアップ静止画)
みたいな流れ...ごく簡単な会話とごく簡単な数枚の絵だけでできてるシーンだけど,とても印象的なシーンに仕上がってます.

ヌラヌラ動く動画みたいな,いかにもアニメータードヤ顔みたいなものではなく,大立ち回りがあったり,人気キャラが大泣きしたりするような騒がしいエピソードでもなく,そこまでのやりとりが,つないだ手の静止画に収斂していく,「あえて描かない」ことで実現される しあわせな空気感には ハッとさせられるものがありました.

京アニ時代がフランス料理やデコレーションケーキみたいな作りこみの魅力を追求するものだとすると,『GJ部』が切り開こうとしてるのは旬の具で作られたお味噌汁みたいな,あえて手をいれないことで達成される魅力だと思うんです.

参考

コメントする

この記事について

このページは、Takashi Hataiが2013年3月10日 01:26に書いた記事です。

ひとつ前の記事は「コミケ献血で限定グッズ配ると死人でる理由」です。

次の記事は「『マリガンという名の贈り物』」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

ウェブページ

OpenID対応しています OpenIDについて
Powered by Movable Type 6.2