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今月の学会誌『情報処理』のミニ特集「現役プロ棋士に勝ち越したコンピュータ将棋 〜第2回電王戦,第23回コンピュータ将棋選手権速報〜」から,もうひとつ興味深い記事を紹介します.

目標を消失したコンピュータ

第2回電王戦の結果から,現在のコンピュータ将棋ソフトは,すでにトップ プロ棋士と ほぼ互角に戦えるレベルになっているのは間違いなさそうで,内容を見ても おそらくプロ棋士を超えていると考えてよさそうです.機械に勝てなくなったことで,人間のプロ棋士もアイデンティティーの変化を求められているわけですけど,逆にいえば「人間に追いつけ・追い越せ」を目標に がんばってきた機械も目標を消失してしまったわけです.

将棋は基本的にはゲーム,つまり楽しむためにやるものなので,自動車ができてもマラソンがなくならないのと同じで,人間より強い機械ができても人間が将棋をやらなくなるわけではないですし,将棋の楽しみ方は勝ち方とイコールではないことも明らかでしょう.なにより,スポーツに共通する特徴として,一番強い数人だけが勝ちまくって楽しいわけではなく,むしろヘボ将棋を指している人のほうが楽しんでいるという面もあり,「楽しむこと」という目標が消失したわけではない人間のほうが悩みは浅いといってよさそうです. つまり,人間のプロ棋士は,依然として対局を観戦させたり,大盤解説や感想戦で指し手の意味を説明し,見どころを解説するなどの,これまでどおりの活動を(今後は明確なエンターテインメントとして)提供していくことになるでしょう.

あらたな目標は?

では,コンピューターの側はどうか,なのですけど,コンピュータ将棋研究でおなじみの松原仁先生は,次のような方向の研究が考えられるだろうと書いておられます[1].

  1. アドバンスド将棋(advanced shogi)
    人間同士の対局で,おたがいにお気に入りのソフトをもってきて,ソフトの提示する手を参考にしながら将棋を指す新ルールの将棋. 1997年に一足お先にグランドマスターを破ったコンピューターチェス[2]の世界では,すでにこの取り組みが進んでいるそうです.人間特有の うっかりミスをなくせるなど,意外とおもしろいんじゃないかと思います.今現在も,プロ棋士が他の棋士の対局を分析・解説する際に,詰みがあるかどうかなどはソフトを使って確認したりしている例は有名で,すでに受け入れ態勢は整ってきているのではないでしょうか.特に,アマチュア初段以下の方などは,せっかくよい対局だったのに1手ミスして台無しになってしまうなどの事故は多いわけで,このルールが一般的になれば将棋人口が増えるかもしれないとも思えます.
  2. 接待将棋
    最善手を指し続けるのではなく,人間の指し手から棋力を推定し,ときどき わざと最善ではない手や疑問手を指すなどの方法で,わざと接戦にするような方法です.接待将棋って人間がやっても意外に難しいのですよね... しかし,直感的には,接待将棋は,大きな逆転ポイントが潜んでいる手(疑問手)なども全部わかっているコンピュータの方が人間より うまくやれそうに思います.
  3. 教育
    将棋の勉強のお相手に.今でも「定跡道場」みたいな将棋の序盤解説書の電子版みたいなソフトはありますし,普通の対局用のソフトと対戦して自習するというのもありますが,もう少し進めてコンピュータの指す手の意味を提示するなどが考えられるのでしょうか... 「人間にわかりやすく説明する」というのが そもそもどうすれば人間にわかりやすいのかわかってないので,実現できるのかどうかわかりませんけど.


電王戦タッグマッチとアドバンスド将棋

今週末8月30日(土)に電王戦タッグマッチというエキシビジョン対局イベントが行われるのですが,これが実は先ほど解説したアドバンスド将棋になっています.

今年2014年3〜4月に行われた第2回電王戦に出場した人間のプロ棋士が,自分が対局したソフトを相棒にして,今度は人間同士(プロ棋士同士)で対局するという趣向です.プロ棋士はソフトが指す手を参考にしながらさしてよいルールです.

このイベント,実はすごく楽しいことになりそうな予感がします. 1時間切れ負け(決勝のみ持ち時間1時間+切れたら秒読み30秒)という,人間にとっては非常に負担の大きい早指し戦で,私が知る限り 以前からすべてのプロが「持ち時間が短ければ明らかにコンピューターが強い」と公言しているので,終盤とかコンピューターに任せっぱなしにする棋士続出じゃね?とか,ヘタすると初手からコンピュータの提示どおり指し続ける強者プロ棋士もでてしまうんじゃないか,なんて興味がつきません. 気楽なエキシビジョン イベントみたいに紹介されていますけど,将棋がわかる人たちの間では,「え!? 三浦八段,自分の手を1回も指さなかった!?(・_・;)」みたいな,第2回電王戦以上の衝撃が走る可能性があるんじゃないでしょうか....

参考文献

[1] 松原仁: コンピュータ将棋の今後,情報処理 Vol.54, No.9, Sep. 2013.
[2] Deep Blue - Wikipedia.
[3] 電王戦
[4] 電王戦タッグマッチ


コンピューターは角と金の価値は ほとんど同じと思っているらしい」......最近コンピューター将棋の解説の際には,必ず聞かれるようになったといっていいくらい定番の豆知識です.第2回電王戦でも,大盤解説にたったプロ棋士は全員一度はこの発言をしたんじゃないでしょうか.もちろん,正確に記憶しているわけではありませんけど そのくらい頻繁にこの発言を聞きました.

この「角と金の価値問題」について,Bonanza開発者の保木邦仁さんが,情報処理学会誌『情報処理』2013年9月号の特集記事[1]の中で興味深いデータを載せておられます(表1).
Bonanzaがコンピューター将棋にもたらした革命は たくさんありますが,そのひとつに「機械学習による局面評価関数の自動パラメタ調整」があります[2].コンピューターは「局面評価関数」にしたがって,各候補手の局面を点数化し,どれが最善手かを判断するわけですけど,この局面評価関数のパラメタ調整というのが非常に難しい.局面の評価というのは,簡単にいえば,飛車1個900点,歩1個100点みたいな点数化をおこなって,その合計点が高くなる手をよい手と判断するというような方法になるのですけど,「で,具体的には飛車は何点で,歩は何点なのよ?」ていうパラメタ調整が極めて難しいのです.Bonanzaのすごかった点のひとつが,このパラメタ調整を計算機自身が自動でやってしまう「機械学習」を取り入れた点にあり,まさに革命的な進歩でした.
で,そのBonanzaが機械学習で調整した各駒の価値が下表です.じっくり眺めてみてください...

表1 Bonanzaの機械学習の結果得られた駒価値
成銀 成香 成桂 成銀
最小 105 227 279 444 529 576 700 483 348 535 543 730 1002
最大 206 204 190 470 577 629 760 511 379 152 584 813 1025

※「成銀」が2つ出ていますが,原文[1]の間違いだと思われます.飛と成香の間の成銀は,おそらく成歩(と金)が正しいのだろうと思いましたが,数値が不思議(と金の価値がやたら高い?)なので,あえて直さずそのまま引用しました.
※駒の価値の初期値を乱数で与えて機械学習させる実験を80セット実施.収束した値の最小・最大を示したものだそうです.保木さんの感想?では「最も小さい値に収束した駒価値は人間の直感と一致するが,大きい値に収束してしまった駒価値は明らかに不自然な値をもつ」[1]そうです.最大値が不自然な例として,桂馬・香車より歩の価値が高くなっていることを指摘しておられますが,みなさんはどう思います?

ご冗談でしょう,Bonanzaさん!?(・_・;)

この表を一見した感想はコレです.

私も将棋指しの端くれとして,常々 角のいじめられやすさには閉口しており,また,金の力強さには励まされておりました.がっ! そんなはずはねぇ!...ていうのが第一印象です.明らかに角の値段が安すぎる感じです.角と金の価値が0.5歩ぶんしかないなんて,そんなバカな!...って思いません?

一般的な人間の将棋指しの感覚では,次のような常識じゃないでしょうか.

  • 飛車と角の価値は ほぼ同じ. なので,飛車角交換はアリ.むしろ序盤は角のほうがいいかもね.
  • 2枚替えは少しお得. つまり,角を捨てて金・銀の2つがとれるなら交換したほうが おトク.たぶん,銀・桂との2枚替えでも お得.でも,金・歩と角の交換とか,2枚のうち1枚が歩っていうのはムリ(「2枚替えなら歩とでもしろ」なんて格言もあったりしますが冗談じゃねぇです).
  • 飛車と角は価値が高い大駒,あとはその他大勢.
    グループ分けするなら,{飛車,角},{金,銀},{桂馬,香車},{歩}ですよね.

そして,もう少し将棋(およびコンピューター将棋)に造詣の深い方なら,伝統的には表2のような点数をつけていることもご存知かと思います.この表は,人間(将棋の強い人)が「う〜ん,このくらいかなぁ...」と決めた値なので,将棋指しの常識とも,ほぼ一致しています.

表2 伝統的な駒の価値換算表
100 600 600 1000 1100 1700 1900

表2では,角は金の1.5倍の価値があることになりますが,表1のBonanzaが割り出した価値だと,角は金の1.09倍,「角<金+歩」なんです.これは衝撃の事実?です. 計算間まちがいであることを切に願いますが,普段 将棋を指しているときでも「角と金の価値はほぼ同じ」といわれると,そうかもって思うような指し方をしている場面は思いあたるんですよね... はてさて,この新常識(?),将来的には人間にとっても常識になっていくんでしょうか...

参考文献

[1] 保木邦仁: 第23回世界コンピュータ将棋選手権自戦記 -Bonanza選手権バージョンの紹介-,『情報処理』, Vol.54, No.9, Sep. 2013.
[2] 松原仁(編): コンピュータ将棋の進歩(6) プロ棋士に並ぶ,共立出版,2012.
[3] Wikipedia - 将棋
[4] 佐藤康光: 佐藤康光の将棋を始めよう(NHK将棋シリーズ),日本放送出版協会,2008.


備考

  • 駒価値の点数化という考え方は,もともとチェスからきています(コンピューターチェスではなく人間がやるチェスです).チェスでは,{ポーン 100,ナイト 300,ビショップ 300,ルーク 500,クイーン 900}と換算していて,この点数は かなりアテになります.ゆえに,チェスでは初心者の方でもこの数値を暗記しています.
    しかし,将棋では,ベテランの人でも表2を知らない人の方が多いと思います.たぶん,知っている人のほうが圧倒的に少数派で,おそらくコンピューター将棋を組もうとした経験がある方とかに限られるんじゃないでしょうか. つまり,将棋では静的な駒の点数化は あまりアテにならず(どの駒がどれだけの価値があるかは局面に依存する部分が大きい),覚えておく価値が低いと考えられます.
  • 角と金の価値について,人間が角の価値が断然高いと考えている理由は次のように説明されます.
    • 角と金では効いてるマス目の数がちがう.5五にいる角は16マスに効いているが,金では6マスにしか効いていない.攻撃できるマス数は3倍近く差がある.
    • 角と金を交換してそれぞれ手持ちにした場合,角をもった方は その角を再度 金に交換することは難しくない(どころかわりと容易).逆に金をもっても角を捕獲するのは難しいと考えられる.角がイヤってんなら いつでも金にもどせるじゃんね? 逆はダメだが.

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