「コンピューターは角と金の価値は ほとんど同じと思っているらしい」......最近コンピューター将棋の解説の際には,必ず聞かれるようになったといっていいくらい定番の豆知識です.第2回電王戦でも,大盤解説にたったプロ棋士は全員一度はこの発言をしたんじゃないでしょうか.もちろん,正確に記憶しているわけではありませんけど そのくらい頻繁にこの発言を聞きました.
この「角と金の価値問題」について,Bonanza開発者の保木邦仁さんが,情報処理学会誌『情報処理』2013年9月号の特集記事[1]の中で興味深いデータを載せておられます(表1).
Bonanzaがコンピューター将棋にもたらした革命は たくさんありますが,そのひとつに「機械学習による局面評価関数の自動パラメタ調整」があります[2].コンピューターは「局面評価関数」にしたがって,各候補手の局面を点数化し,どれが最善手かを判断するわけですけど,この局面評価関数のパラメタ調整というのが非常に難しい.局面の評価というのは,簡単にいえば,飛車1個900点,歩1個100点みたいな点数化をおこなって,その合計点が高くなる手をよい手と判断するというような方法になるのですけど,「で,具体的には飛車は何点で,歩は何点なのよ?」ていうパラメタ調整が極めて難しいのです.Bonanzaのすごかった点のひとつが,このパラメタ調整を計算機自身が自動でやってしまう「機械学習」を取り入れた点にあり,まさに革命的な進歩でした.
で,そのBonanzaが機械学習で調整した各駒の価値が下表です.じっくり眺めてみてください...
歩 | 香 | 桂 | 銀 | 金 | 角 | 飛 | 成銀 | 成香 | 成桂 | 成銀 | 馬 | 竜 | |
最小 | 105 | 227 | 279 | 444 | 529 | 576 | 700 | 483 | 348 | 535 | 543 | 730 | 1002 |
最大 | 206 | 204 | 190 | 470 | 577 | 629 | 760 | 511 | 379 | 152 | 584 | 813 | 1025 |
※「成銀」が2つ出ていますが,原文[1]の間違いだと思われます.飛と成香の間の成銀は,おそらく成歩(と金)が正しいのだろうと思いましたが,数値が不思議(と金の価値がやたら高い?)なので,あえて直さずそのまま引用しました.
※駒の価値の初期値を乱数で与えて機械学習させる実験を80セット実施.収束した値の最小・最大を示したものだそうです.保木さんの感想?では「最も小さい値に収束した駒価値は人間の直感と一致するが,大きい値に収束してしまった駒価値は明らかに不自然な値をもつ」[1]そうです.最大値が不自然な例として,桂馬・香車より歩の価値が高くなっていることを指摘しておられますが,みなさんはどう思います?
ご冗談でしょう,Bonanzaさん!?(・_・;)
この表を一見した感想はコレです.
私も将棋指しの端くれとして,常々 角のいじめられやすさには閉口しており,また,金の力強さには励まされておりました.がっ! そんなはずはねぇ!...ていうのが第一印象です.明らかに角の値段が安すぎる感じです.角と金の価値が0.5歩ぶんしかないなんて,そんなバカな!...って思いません?
一般的な人間の将棋指しの感覚では,次のような常識じゃないでしょうか.
- 飛車と角の価値は ほぼ同じ. なので,飛車角交換はアリ.むしろ序盤は角のほうがいいかもね.
- 2枚替えは少しお得. つまり,角を捨てて金・銀の2つがとれるなら交換したほうが おトク.たぶん,銀・桂との2枚替えでも お得.でも,金・歩と角の交換とか,2枚のうち1枚が歩っていうのはムリ(「2枚替えなら歩とでもしろ」なんて格言もあったりしますが冗談じゃねぇです).
- 飛車と角は価値が高い大駒,あとはその他大勢.
グループ分けするなら,{飛車,角},{金,銀},{桂馬,香車},{歩}ですよね.
そして,もう少し将棋(およびコンピューター将棋)に造詣の深い方なら,伝統的には表2のような点数をつけていることもご存知かと思います.この表は,人間(将棋の強い人)が「う〜ん,このくらいかなぁ...」と決めた値なので,将棋指しの常識とも,ほぼ一致しています.
歩 | 香 | 桂 | 銀 | 金 | 角 | 飛 |
100 | 600 | 600 | 1000 | 1100 | 1700 | 1900 |
表2では,角は金の1.5倍の価値があることになりますが,表1のBonanzaが割り出した価値だと,角は金の1.09倍,「角<金+歩」なんです.これは衝撃の事実?です. 計算間まちがいであることを切に願いますが,普段 将棋を指しているときでも「角と金の価値はほぼ同じ」といわれると,そうかもって思うような指し方をしている場面は思いあたるんですよね... はてさて,この新常識(?),将来的には人間にとっても常識になっていくんでしょうか...
参考文献
[1] | 保木邦仁: 第23回世界コンピュータ将棋選手権自戦記 -Bonanza選手権バージョンの紹介-,『情報処理』, Vol.54, No.9, Sep. 2013. |
[2] | 松原仁(編): コンピュータ将棋の進歩(6) プロ棋士に並ぶ,共立出版,2012. |
[3] | Wikipedia - 将棋 |
[4] | 佐藤康光: 佐藤康光の将棋を始めよう(NHK将棋シリーズ),日本放送出版協会,2008. |
備考
- 駒価値の点数化という考え方は,もともとチェスからきています(コンピューターチェスではなく人間がやるチェスです).チェスでは,{ポーン 100,ナイト 300,ビショップ 300,ルーク 500,クイーン 900}と換算していて,この点数は かなりアテになります.ゆえに,チェスでは初心者の方でもこの数値を暗記しています.
しかし,将棋では,ベテランの人でも表2を知らない人の方が多いと思います.たぶん,知っている人のほうが圧倒的に少数派で,おそらくコンピューター将棋を組もうとした経験がある方とかに限られるんじゃないでしょうか. つまり,将棋では静的な駒の点数化は あまりアテにならず(どの駒がどれだけの価値があるかは局面に依存する部分が大きい),覚えておく価値が低いと考えられます. - 角と金の価値について,人間が角の価値が断然高いと考えている理由は次のように説明されます.
- 角と金では効いてるマス目の数がちがう.5五にいる角は16マスに効いているが,金では6マスにしか効いていない.攻撃できるマス数は3倍近く差がある.
- 角と金を交換してそれぞれ手持ちにした場合,角をもった方は その角を再度 金に交換することは難しくない(どころかわりと容易).逆に金をもっても角を捕獲するのは難しいと考えられる.角がイヤってんなら いつでも金にもどせるじゃんね? 逆はダメだが.
と金は取られても痛くない駒ということで点数が高いのは納得です。
角も、防御面で言うと、角の場合はもう1枚角がない限りは、利き合える相手の駒は1マスしか進めないため、角は4マスしか連携防御の手が無い、金は6もある ・・・ということで、やっぱり金も捨てたものではないかなあと思いました