クマ放獣の難しさ

三重県が捕獲したクマを無断で滋賀県に放獣して大騒ぎになった件．

経緯

• 2015年 三重県が捕獲したツキノワグマを無断で滋賀県多賀町の山林に放獣し，その10日後に多賀町で女性がクマに襲われて重症を負う事件がおこって問題化した[1][2]．
• この事件では最終的にDNA鑑定で三重県が放獣した個体と女性を襲ったクマは別個体である可能性が高いことがわかっているが，DNA鑑定の結果が出るまでの約2週間 滋賀県・三重県・岐阜県の3県を巻き込む大捜索がおこなわれ，大きな騒動となった．
• その後，三重県によるこのクマの所在場所追跡は2か月間続けられ，2015年08月07日に終了．三重県にとっては手痛い経験になった．
• 三重県が放獣したクマは捜索中に岐阜県海津市まで移動して行方不明になっており放獣の難しさを強烈に印象づけた．
  • 半径2km程度受信可能な発信機をつけて放獣されるが山中での捕捉は簡単ではない．
  • 発信機の信号が捕捉できても実際に目視による確認を行うのは容易ではない（追跡期間中一度も目視確認に至らず）．
• この個体は最終的に2年後の2017年7月10日に岐阜県養老町でシカ用くくり罠によって3度目の錯誤捕獲を受け，危険個体として殺処分となっている[5][9][10]．

図1 三重県によって放獣されたクマの位置図[4]

図2 放獣場所・発見場所の位置関係[Google Maps]． 滋賀県多賀町（いなべ市の西 = 右側）に放獣，11日後 岐阜県海津市（左側）で信号を受信． 三重県いなべ市をはさんで直線距離で 12 km 移動．

この事件を読むための基礎知識

• 山域は河川・道路・市街地などで分断されており，各山地のクマは孤立している．
  • 山域名をつけて「白山・奥美濃地域個体群」「紀伊半島地域個体群」などと呼ばれる．
• 三重県では条例でクマを希少動物として保護している．人を襲うなどの問題行動を起こさない限り殺処分はできない（保護対象として放獣になる）．
  • 三重県が保護対象として想定していたのは県南部の「紀伊半島地域個体群」（環境省のレッドリストで「絶滅のおそれのある地域個体群 (LP)」に指定されている）．
  • いなべ市で捕獲されたクマは岐阜の「白山・奥美濃地域個体群」の生息域が拡大して三重県まで漏れ出してきたものであり想定外だった．
• 岐阜県ではクマは希少ではなく，狩猟対象・有害駆除対象であるため，捕獲されれば殺処分になる（放獣の体制がない）．
• 環境省レッドリストの「絶滅のおそれのある地域個体群（LP）」は ある特定の地域からいなくなるという意味であり，地球規模の希少種である「絶滅危惧類」とは異なる．単純に植生などによる生息域の北限・南限付近の個体群であることが多い．

三重県の新マニュアル

この事件を受けて（新）三重県ツキノワグマ出没等対応マニュアル（2015年11月，2018年8月改定）では下記のように基準を改めている．

５．ツキノワグマの錯誤捕獲に関する対処方法 （３）錯誤捕獲発見直後の作業 ④ 放獣場所の条件 放獣場所は、県内に限ることとし、原則として、錯誤捕獲された市町内において放獣する。また、原則、集落から２ｋｍ以上離れており、人家、農地等がない森林とする。

基準自体は適切といえる．しかし，放獣は事実上不可能になったと考えられる．

• 県内
• 原則として捕獲された市町村内
• 集落から 2 km 以上離れている
• 人家・農地・遊歩道 等がない森林

三重県いなべ市の場合だと事実上「そんな場所は存在しない」としか言いようがない． いなべ市は東西 10 km ほどしかなく，森林は58%，うち44%が人工林である[13]．その中に半径 2 km（直径 4 km）の人に接触しそうにない場所を探せといわれたら，どれだけ難しいかは明白だろう． かといって人家や農作業場所に近くても放獣できるように基準を緩和して了承する住民もいないだろう．（2015年11月時点では「人家・農地・遊歩道等がない森林」となっていたようだが[9]，2018年改定で「遊歩道」が削除されている．おそらく登山道・林業用作業道なども「遊歩道等」に含まれると解釈されると本当に0になるからだろう．）

つまりクマの放獣とは，人知れずひっそりとやっていたからできていたのであって，基準を公に審議し，住民の了解を得て正々堂々と実施するには，あまりにも困難なものといえる．

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