エアロゾル感染の可能性について
- 5 μm 程度の目に見えない飛沫およびバイオエアロゾルでも感染する[4][5].
- このレベルの微細な粒子は,咳やくしゃみではなく,呼吸・発話などの通常の蒸散(normal exhalation)で発生.
- 患者から 1.8 m(6 feet)離れた位置で採取した空気および患者の隔離区画(isolation room)外の廊下で採取した空気のいずれもウイルス RNA が陽性.
- 無症状者でも同様の測定をしており陽性の結果を得ている.
- サンプル数 163 中 126 (77%) が陽性.
ネブラスカ大学 医療センターの調査報告
ネブラスカ大学 医療センター Santarpia 准教授らの調査報告 [1] の要旨.
要約
- 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は下記のいずれでも排出される.
- 感染は下記のいずれでも起こりうる.
- 直接接触
- 間接接触(エアロゾル感染)
- 汚染された物品を介した間接接触(fomite contacts)
- 大気中浮遊物を介した間接接触(airborne transmission)
- 無症状者・軽症者からも感染する.
- 発熱とウイルス排出量の間に相関はない.
- 無症状者・軽症者付近の空気(Personal Air)のサンプルは すべて陽性.
- 入院治療が必要な患者と初期段階の無症状者・軽症者の部屋で採取された空気の陽性率は同等レベル.
調査対象施設
# | 施設名 | 収容対象 | サンプル数
|
---|
1 | NBU | 入院治療が必要な患者 | 2
|
2 | NQU | 無症状 / 軽症者 | 9
|
- Nebraska Biocontainment Unit (NBU) は入院治療を必要とする患者の収容施設.
- サンプルはいずれも10日間収容されている患者2人.
- National Quarantine Unit (NQU) は無症状者および入院治療を必要としない軽症者の収容施設.
- サンプルは 5 〜 9 日間収容されている患者9人.
- NBU,NQU ともに全員個室で下記の特徴をもつ.
- 各個室内に専用のトイレ・バスルーム.
- スタッフの部屋間移動の際には手袋の交換などを含む感染防御プロトコルを実施.
- スタッフの各個室への入退室は必要最低限に限定.
- 陰圧室.
結果
# | 採取対象 | 詳細
|
陽性率
%
|
平均密度
copies/μL
| 備考
|
---|
1
| 各種表面
| 室内の通常表面
| 総合
| 80.4
|
|
|
ベッドサイド テーブル,ベッドレール
| 75.0
| 0.263
|
|
窓枠の底辺部分の上面
| 81.8
| 0.219
|
|
ベッド脇の床 (NBU)
| 100.0
| 0.447
| 5/5 件
|
排気口の格子 (NBU)
| 80.0
| 0.819
| 4/5 件
|
患者個人の持ち物
| 総合
| 76.5
|
|
|
携帯電話
| 83.3
| 0.172
|
|
テレビのリモコン
| 64.7
| 0.230
|
|
運動器具,医療器具,その他身の回り品
| 81.3
| 0.217
|
|
トイレ
|
| 81.0
| 0.252
|
|
2
| 空気
| 患者個室内
|
| 63.2
| 2.860
|
|
室外廊下
| NBU
| 66.7
| 2.590
| 2/3 件
|
NQU
| 66.7
|
| 6/9 件
|
3
|
患者付近の空気
Personal Air
|
| NBU
| 100.0
|
| 2/2 件
|
NQU
| 100.0
|
| 2/2 件
|
[注 論文著自身による本文の記載をもとに表に起こした.
論文に添付されている図表は,個別のサンプル結果になっていて,平均・標準偏差値のみが表示されていて再加工が不可能なため(各サンプルの母数が不明なので再計算できない).]
結果の考察
- 患者付近の空気(Personal Air)は どの被験者(無症状者含む)でも陽性になる.
- NBU 患者では 20 分で陽性
- NQU 患者では 122 分で陽性
- 体温とウイルス排出量の関係は R2 = 0.01 であり,相関関係はない.[注 一般に相関係数 R が ±0.2 以下(決定係数 R2 = 0.04 以下)のとき「ほとんど相関がない」と解釈される.
詳細は 関西学院高等部 丹羽時彦教諭の「放課後の数学入門」がわかりやすいので参考にしてください.]
- 発熱などの明確な症状がない無症状者からも感染する.
- NBU 患者の部屋で採取したサンプルの陽性率は 85.6 %.
- NQU 1回目のサンプル採取期間(5〜7日目)の陽性率は 84.6 % と NBU の患者の部屋と同等.
- 同じ部屋のサンプルで 2回目(8〜9日目)には 64.9% に低下.
- 軽症者・無症状者のウイルス排出量は初期のほうが多いことを示している.
- NBU 患者のベッド真下の床および窓枠からもウイルス RNA を検出.
- ベッド真下の床および窓枠は いずれも患者自身は触らない場所.
- 部屋の上部中央から吸気し,ベッドの患者の頭の付近から排気.
- 気流モデリングは,乱流渦(turbulent eddies)がベッドの下を汚染し,主気流がホコリなどの微粒子を部屋の隅々まで運んで窓枠に堆積させたことを示唆している.
- 咳をしていない無症状者からもウイルスを含むエアロゾルが生じる.
- 咳がない患者でも患者付近の空気(Personal Air)は全サンプルで陽性.
- 室内で患者から 1.8 m(6 feet)離れた場所で採取した空気は 66.7 % が陽性.
- 室外廊下の空気も 66.7 % からウイルスの付着したエアロゾルを検出.これは部屋に出入りする人がエアロゾルを運び出していることを示唆している.
採取場所と検出密度
採取場所
| 施設
| サンプル採取機の設置場所
|
密度
copies/L
|
個室内
| NBU
|
窓枠においたサンプラー
# 窓枠表面の拭き取りではなく空気採集
| 3.76
|
NBU
| 患者の近くにおいたサンプラー
| 4.07
|
1.8 m 以上離れたドア付近においたサンプラー
| 2.48
|
NBU
|
最大値 2 件
鼻チューブから酸素吸入中の患者付近の空気(Personal Air)
| 19.17
|
48.21
|
個室外廊下
|
|
| 2.59
|
測定方法の詳細
- 患者個人の持ち物については,毎日ルーチン的に使用するものを選んで採取.
- 患者個室内および室外廊下の空気の採集方法
- 患者付近の空気(Personal Air)の採取方法
- SKC 社製 Personal Button Sampler と AirChek Pump を使用.[注 原文は AirCheck Pumps となっているが SCK Ltd. の製品ページで確認すると AirChek が正しい製品名と思われるため訂正した.また,AirChek ブランド製品は複数存在しており機種は特定できなかったが,サンプル採取能力はヘッドの方(Button Sampler の方)で決まるようなので特定する必要はなさそう.]
- 4 L/分 ✕ 15 分 = 60 L. 25 mm ゼラチン フィルター使用.[注 採取時間は明示されていないが additional air samples となっている文脈上,患者室内外空気と同じ 15 分間と推定した.]
- 各部屋あたりのサンプル採取数
- 5 〜 16 件.平均 7.35 件.モード(最頻値) 6 件.
- 陽性率 50 〜 100 %.
- 患者の症状と体温について
- 日に2回 患者の症状と口腔体温の測定を実施.
- サンプル採取の前3日間の症状を記録.
- 3日間の最高体温を記録.内訳は下記.
- 37.2 °C (099 °F) 超 57.9 %
- 37.8 °C (100 °F) 超 15.8 %
注意点
論文著者自身が論文中で指摘している問題点は下記の通り.
- NQU 収容者(無症状・軽症者)の多くは空気の採取中に医療用マスク(procedure mask)をしていた.
[注 procedure mask は surgical mask と同じ意味.どの患者がマスクをしていたかは明示されていない.]
- マスクを外してかまわないと指示していたが外すのを嫌った.
- 普段スタッフがいるときは 1.8 m(6 feet)はなれてマスクを着用するように指導されていたためとのこと.
- 個室内のサンプル採取機の設置場所について,患者のベッドからの距離に一貫性がない.
- 患者の近く,1.8 m(6 feet)以上離れたドア付近,テーブルの上などとなっているが,患者の部屋ごとにレイアウトがまちまちなので正確な距離が異なっている.
- 採取する粒子サイズを限定するためのサイズ分画手法(size-fractionation technique)を用いていない.
- 本来は,たとえ患者が咳をしていない場合であっても,飛沫やホコリなどの粒子のサイズを限定するために何かしらのサイズ分画手法を適用すべき.
- ただ,サンプル採取中は NBU / NQU の どの患者も咳をしていなかったとのこと.
要約・翻訳中に感じた問題点.
- 予備実験的な側面が多分にありそう.
- 各サンプルの採取時に,一度に多くのパラメタを変化させてしまっており,比較が難しい.
- おそらく結論を確定させる意図はなく,少ないサンプルでできるだけ多くの示唆的結果を得ようとしているものと思われる.
- 記載の意図が不明瞭な段落がいくつか残っている.例えば下記.
- N95 フィルターつき人工呼吸器の使用や適切な清掃・消毒により医療従事者への感染が防がれたとする部分(pp.5-6)など.そのような適切な措置を実施していたにもかかわらず各種サンプルが陽性になってしまうと議論していたのではなかったか.最終段落になって唐突に院内感染が通常の隔離予防水準で防げる話になっている.
- 第18日目に NBU 患者3 を追加調査しており (ll.37-38, p.2),ときどき この患者3についての言及がでてくるが何を意図して追加したのか不明.
- もとの調査期間は第5〜10日目の6日間.突然 第18日目が登場する.
- 査読で NBU 患者の Personal Air の調査結果がないことを指摘されて急遽追加した? ただ,この患者3だけ収容4日間(他は10日間)と条件がそろっていないし,検出密度も1桁大きいため唐突すぎるように思う.
- あるいは密度が最大どのあたりまでいくのかを知るために極端な例を追加した?
参考文献
はたいたかし
http://exlight.net/
2020-05-04