人身事故が増えた原因
- 生息域の拡大
- 人工林の拡大
- 人工林(スギ,ヒノキなどの植林)が増え,ブナ,ミズナラなどの落葉広葉樹林が減ったことにより,本来クマの生息域だった山域に食料が乏しくなり,里山や人里に出没するようになった.
- 戦前までは 人里 → 里山 → 奥山 という構造になっていて,燃料用の薪炭や建築資材としての木材を得るための領域として利用していた「里山」の領域が非常に広かった.里山は野生動物からみると食料に乏しく危険な領域のため人と野生動物の緩衝地帯のような役割をしていた.
- 戦後も 1950 年 〜 1970 年頃まで戦後の復興需要にこたえるため拡大造林施策がとられ,天然林の大規模伐採がおこなわれてスギ・ヒノキが植えられた(天然林から人工林への転換).成長の早いスギでも材木として利用できるようになるには50年かかるためスギ林は現在が最も広い状態となっている.針葉樹林は餌が乏しいためクマは生息できない.
- 1970年代後半から森林利用は衰退.禿山が広葉樹林にもどっている.里山エリアに居住する人たちも山を利用することはなくなり,都市部にでて労働している.
- 他の大型動物との食料争奪戦の結果
- 従来クマとカモシカしかいなかったような地域にイノシシ,シカが進出してきている.
どんぐりなどは従来クマが独占できていたが,イノシシと奪いあうようになった.イノシシは繁殖力が極めて高いため,クマは食性や生息域を変化させる必要が出てきた.
- 富山県の場合,2007年頃から石川県側からイノシシが,長野県側からシカが進出してきている.
- 人里にクマを呼び込む要素が増えた(人里から排除する要素が減った).
- 里山が消滅し市街地と山が接近したことでクマが人の居住区まで移動できるようになった.
- 収穫されないで放置されているカキなどの果樹が増えた.クマにとってリスクをとるだけの価値がある質・量の餌がある状態になった.
- クマの行動の障害がなくなった.
- 放し飼いされているイヌがいなくなった(1973 動物愛護及び管理に関する法律,1980年代から保健所がイヌの放し飼いを厳しく指導するようになった).
- 集落外縁や集落内に広い草地などの見通しのよい空き地が少なくなった.
- ゴルフ場,スキー場,スーパー林道などの施設建設が減った.既存施設も縮小・放棄されて藪にもどっているものが増えた.
- 狩猟が行われなくなった.
- クマは換金価値が高く格好の狩猟対象だった.特に漢方薬になる胆嚢(熊の胆,くまのい)は非常に高価で同量の金と交換できた.昭和初期で熊の胆ひとつで米40俵(1俵は 60 kg),一家が半年暮らせるほどの米と交換できた.肉や毛皮も高値で売れた.現在は保護目的から毛皮の取引は禁止されている.
- 人里にあらわれたクマは躊躇なく狩られた.
- 人間慣れした個体の増加(新世代ベアーズ).
- クマを見かけても特に何もしない人が多いことにより,クマの側には人間は危険な動物ではないという経験が蓄積されている.
- 近年では長野県庁(2012年10月05日)や富山県魚津駅前(2010年10月22日)などの まったくの市街地にもクマが出没するようになっている.
- 本来 人目を嫌い,オープンランドには姿を現さないはずのクマが,最近では特に身を隠す様子もなく目撃される例が散見される.「クマは人目を嫌う」という説は既に古くなっている(クマが新しい環境・状況に適応を完了している)可能性を示している.
- 交通量の多い道路脇 2 m のところで悠然と眠っているクマも観測されるようになっている.
- 個体数の増加
- 個体数が増加したことで生息域が里山・人里に広がっているという説がある.
- 生息域が拡大しているのは環境省の調査からも確からしい.
- 1978 → 2003 年で 6% 拡大.
- ツキノワグマの個体数は3万頭と推定されているが,2019年は5283頭,2020年は6080頭が駆除(捕殺)されており,明らかに過小である(30,000 頭しかいなくて1シーズンで 6000 頭 = 1/5 も駆除したらすぐに絶滅してしまう).
- 個体数が増えているかどうかは疑問もある.
- 出没件数の統計から単調増加しているわけではなく,周期的に大量に出没する年が観測されることがわかっている.
- クマは隔年で1〜2頭の子どもを生む程度なので急に増減するのはおかしい.個体数増加が原因であれば ゆっくりと単調増加するはず.
- どんぐり(ブナ・ナラの実)の豊作・凶作と相関をもっていることがわかってきている.どんぐりが凶作になると冬眠前の食料が不足し,人里に頻繁にあらわれるようになると推測される.ただし,どんぐりの豊凶は昔からあったことなので,この説明だけでは近年クマによる人身事故が増加した理由としては不十分.
- 2012年に九州で絶滅,四国も剣山周辺のみとなり,絶滅は時間の問題となっている.
- 目撃件数が増えているのは間違いないが,人里で目撃されることが増えたことで,ひとつの個体を複数の人が別の場所・時間で目撃した場合,重複カウントされる(逆にすべての人が報告するわけでもない).また,クマの人身事故問題がクローズアップされるようになっているため,年を追うごとに報告する人が増えてきていると推測される.
- ツキノワグマは もともと気性が荒い.
- 日本固有の亜種であるツキノワグマはもともと気性が荒く人間との共存が難しい可能性がある.近縁種のアメリカクロクマ(Black Bear)は非常におとなしいことで知られる.
- Black Bear の研究者が攻撃されることはほとんどない.
- ツキノワグマの研究者の多くは複数回攻撃にあっている.
- 日本だけ突出してクマによる事故が多い.世界的に見てこれほどクマによる人身事故が多い地域は他に存在しない.
- 日本国内の個体数に対する事故件数でもツキノワグマは桁違いに事故が多い.
- ヒグマ 0.03件/100頭,ツキノワグマ 0.28件/100頭.
- ヒグマ 2.7人/年(推定 10000頭),ツキノワグマ 85.0人/年(推定 30000頭).
- 明治以降の人身事故 2200 件.
- 死亡 50,うち食害 13.
- 登山中 100,うち死亡 0,重症は多数.
疑問のある説
- 食性変化
- 害獣駆除されたシカの死骸を食べている例が観測されている.シカの味を覚えた個体がシカを狩るようになっており,肉食の割合があがった個体が人間を襲うようになっているという説がある.
- 従来ツキノワグマは「自衛のために人を襲うことはあっても食害はない」といわれていたが,すでに誤りであることが確定している(2016年05月 秋田県鹿角市の連続食害事件など).
- 肉食の割合が高まっている可能性はあるが,事故を起こして駆除される個体が必ずしもそのような個体ということではなさそう.殺処分後,解剖して胃の内容物を調べるが特に食性の差がある印象はなさそう.
- 冬眠に必要な脂肪を蓄えるため肉食では不十分で,基本的には大量の植物性の餌を必要とすると考えられている.
参考文献
はたいたかし
http://exlight.net/
2020-08-14