クマによる獣害調査メモ
基本情報
生息数
生息数(統計的推定値)
種 |
頭数 |
本州以南 |
北海道 |
ツキノワグマ |
30,000 |
0 |
ヒグマ |
0 |
10,000 |
シカ |
3,050,000 |
500,000 |
イノシシ |
980,000 |
0 |
- 数値はあまりあてにならない.
- 目安として,本州では シカ 100 頭に出会うとクマ 1 頭に出会うくらいの遭遇率と解釈できるが,地域による生息密度差も激しいため,かなり雑な推定になる.
- 北海道にはヒグマのみ,本州・四国にはツキノワグマのみが生息している.
- アメリカなど世界の他地域では両種が混在する地域があるが,そのような地域でも樹林帯にツキノワグマ,樹木が少ない領域にヒグマのように棲み分けが行われている.これは体格に劣るツキノワグマがヒグマを避けることと,ヒグマが木登りを比較的不得手としているため.
- 北海道にはイノシシもいない.日本では北海道と本州以南で生息する動物の種が明確にわかれている(ブラキストン線).
特徴
体格・行動範囲
種 |
平均 kg |
行動圏 km2 |
ツキノワグマ |
オス |
71 |
100 - 200 |
メス |
42 |
50 - 100 |
ヒグマ |
オス |
200 |
200 - 500 |
メス |
100 |
13 - 43 |
ツキノワグマ
-
体重
- 想像よりも軽い.
- メスは 30 kg 程度でも成獣の場合もある.経験が少ない人が目撃した場合,子熊と誤認される場合もある.
-
食性
- 植物質性の強い雑食.
- 臼歯の上面が平ら(人間の奥歯と同じ形状).肉食獣に特徴的な裂肉歯をもたない.
-
行動圏・行動範囲
- 縄張りはもたない.
- 山麓から標高 3000 m までの森林帯を利用.
- 直線距離で 30 km 往復移動(奥多摩から長野の奥秩父の間を往復移動)した例も確認されている.
-
冬眠
- 環境中に餌が少なくなることへの適応として冬眠する(低温への適応ではない).
- 越冬場所は標高 500 m 〜 大径木の分布するブナ帯までが多い.
-
体の変化
- 体温低下は小さい.
- 心拍数,呼吸は 1/5 程度まで下がる.
- 連続して眠り続ける.特に理由もなく起きて餌を探したりとかはない.
- 何も食べず,何も飲まない.排泄も一切しない.
- 重要 飢餓や低温で仮死状態になっているわけではない.秋の食いだめのおかげで栄養状態はよく,むしろ非常に元気.冬眠中でも身の危険を感じるなどの刺激があれば瞬時に覚醒して行動できる状態を維持している.
- 冬眠前に食欲亢進期があり,脂質・炭水化物などを大量摂取することで体重を数十%増やす.
-
メスは冬眠中に出産して授乳を行う.1回の出産で平均2頭程度.
-
通常12月〜3月が冬眠期だが,最近は冬眠せず人間の生活圏に現れるクマが増えている.
2015年12月〜2016年03月は温暖だったこともあり厳冬期に人間の生活圏で多数の目撃報告があった(山中での報告ではない).
- 2015年12月30日〜31日 宮城県名取市ゆりが丘,福島県喜多方市.
- 2016年01月04日 福島県郡山市.
- 2016年01月05日 北海道幕別町(ヒグマ).
- 2016年02月27日 栃木県那須塩原市.
-
隔年で大量出没
-
2004, 2006, 2010, 2012, 2014, 2016.
- 特に 2014 年の大量出没は有名.
- ブナ類の結実の豊凶と連動している.
-
大量出没年には 2000 〜 4000 頭駆除される.
- 最多は 2006 年の 4846 頭.
- 近年は多くは殺処分になる.
- よく管理が行き届いた地域では学習放獣(人間を恐れるような体験をさせたのち放獣)・奥山放獣も行われているが,近年は殺処分が多い.ツキノワグマの放獣に理解が得にくくなっているため(クマ放獣の難しさ参照).
-
大量出没年には 100 人以上が人身事故にあう.日本のツキノワグマによる人身事故件数は非常に高く,世界的に見ても極めて珍しい地域といえる.
- 意外なことにヒグマが人身事故を起こす事例はほとんどなく,頭数比でもツキノワグマの事故率は桁違いに高い.
-
寿命
- 20歳前後.30歳をこえる個体も記録されている.
-
子別れは 1.5 歳.
- メスは子どもがいる間は発情しない.
-
オスの成獣が子殺し・共食いをする.
- 子どもがいるとメスが発情しないためだと解釈されている.
- 子殺しをする場合,殺すだけでなく食べる.この時期のクマは血をなめる習性があり,人身事故が起こった場合 食害が起きやすい.
- 子がいなくなると数時間後には発情する.
- 子別れは7月頃.遠くに連れて行って子が餌を夢中で食べている間に親が立ち去る方法で行われる.
- 繁殖可能時期(性成熟時期)はオス 3歳,メス 4歳程度.
- 交尾期 6 〜 8 月.
性質
-
基本的には人を避ける.
- 他の動物を捕食することは少ない.
- 99%以上はクマが自身の安全を確保するための防御的攻撃.
- 遭遇時に人に近づいてきた場合でも多くは威嚇攻撃(ブラフチャージ)であり,本当に攻撃に至る事例は少ない.
-
クマの方から接近・攻撃するケース
- 好奇心からクマが人に近づいてきて事故にいたるケースがある.特に幼獣に多い.
- 最近では最初から捕食を狙って人を襲う例も観測されている.
-
クマの方から接近してくる場合,一度追い払っても しつこくつきまとってくる場合が多い.つきまとってくる場合 30分 〜 数時間にわたって追跡をうけたり,木に登るなどの方法で退避していても 6 時間にわたって立ち去ってくれなかった例も知られている.
- 弁当などの持ち物のニオイに誘引されて興味をもっている場合などが想定される.
クマの痕跡
- 足跡
- 糞
- 木の枝の折り跡
- 樹皮の爪痕
- シカなどの動物の遺体に枯れ葉や土をかけて隠したもの
- クマ棚(樹上につくられたベッドのようなもの)
- クマはぎ(スギなどの針葉樹の皮をはいで食べたあと)
参考文献
- 田口洋美,『クマ問題を考える 野生動物生息域拡大期のリテラシー』,山と渓谷社,2017.
- 羽根田治,『人を襲うクマ』,山と渓谷社,2017.
-
姉崎等,片山龍峯 ,『クマにあったらどうするか―アイヌ民族最後の狩人 姉崎 等』,木楽舎,2002.
- 全体的にアイヌの文化や生活について書かれた本だが,「第5章 クマに会ったらどうするか」「第6章 クマは人を見てタマげている」の2章(20%程度)に一般の人がクマと出会ってしまった場合を想定した対策のインタビューが載っている.
- インタビューは 2000 年頃.インタビューを受けている姉崎等さんが77歳のとき.姉崎さんは翌 2001 年にハンターを引退しており,2000年頃から各地で問題になる獣害やクマの大量出没を経験する前のインタビューになっている.
- 北海道千歳周辺のヒグマの話に限定されている.ヒグマはツキノワグマと比較して推定頭数あたりの人身事故率が 1/10 以下で,性格も穏和であることが知られている.また,インタビューの中にもでてくるが千歳周辺はヒグマの生息数が非常に少なく,姉崎さん自身も推定で3頭程度だろうと答えている.そのため2000年以降増加して問題になっているツキノワグマの人身事故についてどこまで適用できるかは疑問がある.
- クマの習性・生態などについて非常に深い洞察があり,クマ対策において最も重要な「遭遇回避」の面で学ぶ点が多い.本のタイトルは「クマにあったらどうするか」だし,多くの人も「会ったらどうすればよいかを手っ取り早く知りたい」と考えがちだが,そもそも最も重要なのは会わないことであり,かつ,その知識が接近遭遇してしまった場合にも正しい対処に繋がりやすい.
-
RUN+TRAIL YouTube 【 熊 に 遭遇した時 の 対処法 】を 熊博士 に聞く (2021-03-12)
- 日本ツキノワグマ研究所 米田一彦さんのインタビュー.クマ対策について非常にわかりやすく解説されている.
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日本クマネットワーク
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環境省
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知床財団 - ヒグマ対処法
- ヒグマについて書かれているが,対策などはツキノワグマにも共通しているものが多く参考になる.
- tenki.jp - 森の守護獣?危険な猛獣?もしもクマが山からいなくなったら…? (ホシナ コウヤ,2021-06-05)
- WWF - 日本に生息する2種のクマ、ツキノワグマとヒグマについて (2012-01-17)
ニュース記事等